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Snack2.0 MIAMI マイアミ

地方でスナックを開業して、1年が経った。なぜ地方で? と聞かれれば、実にシンプルな理由で、「家が近いから」。それだけだ。 都会の喧騒や華やかさに惹かれる気持ちがなかったわけではないが、夜遅くに仕事を終えて、車を走らせることなく歩いて帰れるこの距離感が、何よりも現実的だった。

実はこの地には、昔からある一軒のスナックがあった。 店の名前は「サボテン」。土足厳禁で、イスにはチンチラ風のファブリックで、どこか懐かしさと不思議な気品が同居する空間だった。 The昭和。まさにそんな言葉がぴったりのスナック。そこのママさんは、御年80を越える大ベテラン。だが、驚くほどに上品な方で、手のひらをふわりと仰ぎながら「まぁ、いやだわ」が口癖だった。足繁く通っていたのは、味や価格ではなく、空気感だったと思う。 まるで時間がゆっくりと流れているような、不思議な居心地の良さがあった。

ある日、そんなママさんがポツリと、 「そろそろお店やめようと思ってるの。よかったらやってみない?」と言った。 冗談のようにも聞こえたその言葉に、僕は「やりますよ」と即答した。本気だったのかどうかはわからない。でも、僕は信じたかった。そして、あの空間を受け継ぎたいと思った。

そこから僕は近隣のスナックを巡り、料金体系、氷や炭酸の質、カラオケ機材に至るまで徹底的に調査した。そしてある結論に至った―― 「このエリアには、少し“いい”スナックが足りない」。

だからこそ、ただの二番煎じではなく、「第二のスナック」として、高級感と落ち着きを兼ね備えた場所を目指した。 カラオケが主役の騒がしい空間ではなく、一人ひとりが会話やお酒に集中できるような、そんな場所。

居抜きで引き継いだ物件を、自分なりに徹底的にいじった。カウンターは手元が見えないように設計し直し、塗装は「モールテックス」という、コンクリートとモルタルの中間のような素材で仕上げた。無骨なのに、どこか上品。そんな雰囲気を、照明と共に空間全体に馴染ませた。

そして、気がつけば1年。周年イベントをやることにしたけれど、ありがちな“シャンパンを開けてもらうイベント”にはしたくなかった。もちろん、僕自身が客として誰かの祝いに出向く時には抜きものを注文することもある。 でも、自分の店でそれをお客さんに強いることはしたくなかった。それよりも、来てくれた人たちに感謝の気持ちを込めて、いつもより少し良いお酒を飲み放題にして、30分ほど長めのセット料金でお迎えした。

その日、ふとカウンターの隅でグラスを傾ける常連さんの笑顔を見て、「やって良かった」と思えた。少しずつだけど、お客さんも増えてきた。派手な集客はしていないし、させない。でも、少しずつ“好き”で通ってくれる人が増えている。それが何より、嬉しい。

まだまだ未完成のスナックだけど、少しずつ、この街に馴染んできた気がする。 あのママさんの「まぁ、いやだわ」を思い出しながら、今日もまた、静かに扉を開けてみた。

 
 
 

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